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片岡先生宅にて [その他]

昨夜は久々に片岡先生宅にお伺いした。

ワインをいただいたり、食事にでかけたりなどなど・・。

 

これは片岡邸にあった写真。グレン・キャンベルさんだそうだ。
キャンベル氏はフーバー研究所の所長で上司だったそうです。

おもしろかったのは、彼はカナダ人でアメリカのことを苦々しく思ったいたようで、
「君ら日本人が真珠湾を攻撃したときは、わくわくしたよ」
なんて言われたそうです。

アメリカに対して愛憎の念を持つのは日本だけではないようです。


小泉総理の謝罪について [その他]

片岡先生が昨日の私の記事にコメントをくれた。

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小泉は、外務省はチャイナ・スクールで固まっているので、助言者がいないのだと推測する。彼は素人の我流でやっているんだと思うよ。助言するのは山崎拓くらいかな。日本の学者は、東大卒で、官僚と同じムジナでね。外務省は彼らを国連大使などに使う。彼らはとても修羅場に出るような勇気はない。平和平和というだけだ。
    小泉の靖国談話を読むとわかるが、あれだけ謝罪すると、相手は既得権益を手放さないよ。絶対。


ACL韓国の横断幕 [その他]

サッカーのアジアチャンピオンズリーグ(ACL)E組の磐田は20日、韓国の水原W杯スタジアムで韓国Kリーグ王者の水原三星と1次リーグを戦い、1―2で逆転負けした。
その試合で、水原サポーターが
「戦犯国のみなさん、ようこそ」
という横断幕をあげていた。

ユースの試合でも韓国チームはゴール後、ユニフォームを脱いだら
「独島(竹島)は韓国領」と書いた下着を見せまわったこともある。

こちらもやるなら、
「ずっと属国だった国のみなさん、こんにちは」
といったところか。
こっちは本当のことでむこうはデッチアゲ。
日本人ならまあ、こういう品位のないことはやらない。

韓国が独立(建国)した日は、昭和23(1948)年8月13日である。
それも日本からでなくアメリカから独立している。
韓国が歴史上属国でなかった時代は短い。

そもそも、日本の戦犯国というのは敗戦国というだけで、東京裁判という法根拠のないリンチにあったゆえ戦犯とされたのであって、東京裁判を裁いた国こそ犯罪といえるくらいだ。

ちなみに韓国は戦勝国面しているが、戦勝国にいれてもらえなかった。
日本の一部だったからどちらかというと敗戦国だったのだ。

韓国の歴代大統領は任期後、全員といっていいほど犯罪者として扱われている。
私は昔からテレビで、「また、元大統領がやられた」というシーンを見てきた。
時代の権力者には媚びへつらい、権力を失ったものを叩く国民性だ。
自国の同胞の元リーダーに対してさえそうなのだから、もと宗主国の日本への恨みたるや激しいものあってあたりまえだろう。感謝はない。
「水に落ちた犬は叩け」という諺は中国製だが、朝鮮民族にも通ずる。
「食え」かもしれないが・・。

金大中が元大統領を裁くことを繰り返すと自分もやられると思ったのか、彼の時に死刑前や服役中の元大統領を恩赦している。その甲斐あってか、親族の不正事件など軽めで終わった。

それでは、歴代韓国大統領の恐ろしい歴史を再確認されたし。
http://brain.exblog.jp/d2005-04-17
以下の記事は上記のアドレスから頂いた。

初・2・3大統領 「李承晩」
彼の養子が実の両親を殺害。不正選挙を糾弾されハワイに亡命。そのまま客死。


第4代大統領 「尹譜善」
クーデターで退任を余儀なくされる。軍法会議で懲役3年の判決。


第5~9代大統領 「朴正煕」
長男が麻薬服用で逮捕される。狙撃事件発生。弾がそれて夫人に命中。死亡。直後、金載圭KCIA部長によって暗殺される。


第10代大統領 「崔圭夏」
学生デモ等が収まらず、粛軍クーデターを実行。結局収まらず、光州事件発生。8ヶ月で退任。


第11・12代大統領 「全斗煥」
光州事件において反乱首謀罪で死刑判決。後に恩赦。
(80~87年) 95年12月、光州事件(80年)の内乱罪などで逮捕。無期懲役の判決を受け97年に恩赦。


第13代大統領 「盧泰愚」
退任後に収賄容疑で逮捕。光州事件の内乱罪も発覚。懲役17年の判決。後に恩赦。


第14代大統領 「金泳三」
在任中に経済危機に陥りIMFの介入を招く。次男は利権介入による斡旋収賄と脱税で逮捕。 

       
第15代大統領 「金大中」
光州事件の首謀者として無期懲役の判決。息子3人を含む親族5人が金がらみの不正事件


高橋誠之助氏の講演 [その他]

松下電器の松下幸之助の家の執事をした方で高橋誠之助氏の講演を聴いた。

高橋氏は松下一族以外での幸之助夫婦の臨終に立ち会った唯一の人だけに、真の松下幸之助像を知る数少ない方です。

松下幸之助の人生を語ってくださいました。

幸之助の人生の目的は『楽土の建設』であり、昭和7年37歳で立志しして250
年計画をお立てになられました。

その手段として
22歳より 経済活動 物の面 松下電器グループの経営 
51歳より PHP活動 心の面 PHP研究所経営 
84歳から 政治活動 政治面 松下政経塾経営 94歳でなくなるまで

「物心一如」
と事業で豊かになったあと、人類の幸福について考え、教育をふくめてのPHP。
そのあと、それだけでは楽土が作れず、政治を変えようと考えたようです。

私は松下幸之助に興味があったので本を数冊は読んでいた。しかし、今日わかったことは松下幸之助はとにかく「日本の政治を憂いて死んでいった」ということだ。

総理をねらって立候補しようとしたことは知っていた。国家を経営し、税金ゼロ
の国をつくろうとしていたことももちろん知っていた。それが自分の年齢ではできないから松下政経をつくったことも。

カネ持ちになって社会貢献を考えて学校をつくったというレベルではなかった。晩年の10年間は政治を変えることだけを考え、私財70億円を投じ、松下政経塾をつくり、命を削って理想の政治家をつくろうとした。

やれることは、すべてやっていたはずなのに、最期までできなかった政治を無念がっていたようで、まだ、死にたくないやり残していると語っていたそうです。

あふれるばかりの財力。経営の神様とうたわれた求心力。
海外では日本を代表する哲学者ともいわれ、日本式経営の元祖でもある松下幸之助。

それでも、政治がどうにも日本を危うくすると感じていた。

なぜか?

昭和40年代からなくなる平成元年までの政治といえば、田中角栄ー竹下の時代だ。
その後バブルもあり、政治はともかく経済はJapan as No.1といわれ、製造業は
世界一を確信していたはずだ。であるのに日本の政治を懸念していたのだ。
次回、高橋氏にお会いしたときに質問したいと思うのだが、田中派(橋本派)の
金権政治が日本の混迷を招くと予見したのではないかと思った。

金権政治自体が手段としてなら悪くないと私は悪くないと思う。松下幸之助も人間の欲を否定しなかったし、肯定していた人です。
しかし、手段から目的に変わっていくことを予見し、伝統破壊や自虐を招いたりするモラル破壊について悲観したのではないかと勝手に思う。左翼は昔からいた。しかし、国益を体を張って守ろうとする真の保守政治家がどんどんいなくなっていったからではないか?


謝罪外交が始まった昭和後期、政治を変えよと夜もうなされた松下幸之助。
日本の政治を憂いた松下幸之助の悪夢は、現在の戦後政治の総決算を迫っているのではないか?
税金ゼロ国家というのは、公務員などあまりいらない。だから、税金や国の予算に群がって生活している輩からはキケン思想だったにちがいない。

あらためて日本人に松下幸之助のような哲人がいたことを誇りに思う。
文章では偉人であるから敬称はつけませんでしたが、尊敬する人であり、今回震えるほど興奮した。もっと研究したい。

今年中に行きたいと思う、松下資料館。支配人は高橋氏。
http://panasonic.co.jp/library/
ここには日本人より外国人の方が多く訪館しているようです。

その他雑記・・・
特に、「なんでや」のくちぐせ、
集中したらものすごい集中すること、
扇子が好きで集めてしまう
「電話したか?」の気配り、
不眠症で最後まで日本の政治を憂いていたことなど

松下幸之助経営の定義
「人生も、家族も、企業も、国家も、およそ人間が計画を立てて行う営みはすべて経営である。」


大勲位、中曽根康弘は愛国者か? [その他]

放っておくと増殖してくる本。部屋としてもう成り立たなくなってしまっている。そんな本を捨てるか、残すか整頓していたら月刊誌のカタマリがでてきた。
これは、やっかいだ。
というのは本としての価値はもちろんない。紙質もわら半紙のようなものだから黄ばみやすくて手触りもわるく、読み返す気が失せるものだ。が、結構残しておきたい記事があったりもする。
  今日はそんな捨てられない雑誌「正論」2001年9月号より紹介する。

 「私が靖国神社公式参拝を断念した理由」 中曽根康弘

   タイトル通り、靖国に行くのをやめたときを振り返ったもので、記事はインタビューである。この正論が発売されたときに、表題を見て立ち読みもせずにレジに直行し、ドトールで読んで気分が悪くなったのを覚えている。

  中曽根康弘のことを戦後NO.1総理だと評価している保守派の人も多い。私は改憲派だということで評価したいと思っていた時期もあったが、その改憲に対する彼の情熱は怪しく、今ではポーズなんじゃあないかとさえ思える。

 靖国参拝辞退のその核心部分を引用する------------------------------

  新日鉄社長の稲山(嘉寛)さんが中国へ行く仕事があった。それで稲山さんに、中国の要人の意見を聞いて説得してほしいと特別に頼みました。
  稲山さんはいろいろ話したんです。帰国する前日の朝六時頃、宿舎に知日家であった二人の要人が来て厳粛深刻な表情で、
  「靖国の公式参拝はぜひやめて欲しい。そう中曽根総理に伝えて下さい」と、いったんですね。そのときに稲山さんは、靖国問題が胡燿邦総書記の進退に影響が出そうだという暗示を受けた。あの頃、改革政策をすすめる胡燿邦さんは保守派の要人から非難され始めていた。
  胡燿邦さんと私とは非常に仲が良かった。兄弟分みたいな関係にあった。そこで私が参拝すると、胡燿邦総書記追い落としの原因をつくったようなことになるかもしれない。そういう暗示を受けたな。
  それで胡燿邦さんを守らなければいけないと思った。それもあってやめたんです。
以上引用終わり-------------------------------------

 ああ、さすが中曽根康弘氏だ。友達思いでやさしく、思いやりに富み、情に厚く、隣国との関係をよく考えている。そうでなくては一国を代表する男にはなれない・・・。

アホかァ----。誰がそう思うかァ。ボケー!

今読んでも、あきれてモノが言えませんですなあ。
靖国参拝に賛成派の人も反対派の人も、まともにこのインタビューを読めるならいかに中曽根がイッてしまっているかわかるだろう。
つまり、仲良しの中国人(胡燿邦)が出世していて、自分が靖国に行くと、友人である彼が失脚するかも知れないからやめた。というのだ。

 また引用----------------------------------------

インタビューアー:顧みてご自身の判断は正しかったと思います?
中曽根:やむを得なかったと思う。あのときの状況を考えれば。

引用おわり--------------------------------------

 友情を大事にしたかったから、国事を捨てましたということです。総理でありながら。
友人がカツアゲされていたから、自分の母親の財布をもってきて渡すどころではない。
大事と小事がわからんというか、中曽根は一流の政治家や愛国者であるわけがない。
  この記事は2001年のものだが、今もって反省もないだろう。小泉総理が不沈空母中曽根をオーバーエイジとして扱って撃沈してくれたと思ったが、そういえば彼は大勲位をもらっている。
反省していたら大勲位を辞退するであろうから、まだ砲撃すべきだ。

中曽根康弘は東郷元帥と同じ大勲位であり、死んだら国葬扱いなのである。


北京オリンピックのボイコット運動 [その他]

北京オリンピックのボイコット運動のサイトが知人から紹介された。

http://www.rsf.org/article.php3?id_article=2285
訳されているのは、
http://blog.livedoor.jp/adoruk626/archives/6447601.html

中国ではチベット、法輪功その他を人権蹂躙しているし、先日、日本人留学生が飲み屋でビール瓶で殴られ失神するまで襲われた。
「お前は日本人か?」と聞かれ「そうだ」と答えると半殺しにあった。
まわりには警官なんかもいたけど知らんふりだったのだ。

この状態でオリンピックができるだろうか?
日本人は安心して応援にも行けない。
投石や暴徒化具合をみていると日本人なら絶対やらないようなことをやっている。国民性か教育か?

日本対中国のサッカーなどできたものではないだろう。

旅行などはともかく、すでに住んでいるチベット人たちの権利も守れるよう、こういうときこそサヨク、社民党などに活躍してほしいところだ。
人権問題は彼ら(彼女ら)の専門ではないか。
おっといけない。
彼女らはまっとうな日本人や拉致被害者やチベット民族の人権よりも北朝鮮や中国人の人権問題に熱心だったのを忘れていた。
それも共産主義や社会主義国の民衆でなく、トップの人たち思うところの人権にこそ、ご執心なのだ。
土井たか子や福島瑞穂なんかはそんなに理想なら、北朝鮮に亡命して欲しい。これ以上議員として税金を使われても困るからね。


タイガーがマスターズで勝った。 [その他]

マスターズの歴史に残る16番ホールのチップインは見事であった。
流れを呼び戻した。

私が感動したのは、優勝会見だ。
「それから僕がお礼を言いたい人がいます。まずは母、私の家内、そしていつもお世話になっているグレッグとキャシーの二人にこの場を借りて有難うと言わせて下さい。」

ここまでは形式どおりなんだが、ここから涙ぐんで深呼吸をしながら話した。

「そして最後になりましたが、この優勝は私自身のためよりも父のためにどうし
ても挙げたかったんです。父は今年に入ってから健康が思わしくなくてとても辛
い時期を過ごしています。今回もツアー会場のオーガスタナショナルまでは来て
くれましたが、病状が思わしくなくて、コースに出てきて実際に私のプレーを見
ることはできませんでした。この優勝は父に捧げたいと思います。これまでマス
ターズで優勝した時は父がいつも側にいてくれてグリーン脇で私を迎えてくれま
したが、今回はそれが叶いませんでした。この後、家に戻ってハグしてもらいた
い。本当にありがとうございました」

父親のために闘ったと涙ながらに会見するのは、日本人のプロ選手から聞いたことがない。
上記は翻訳だからやっぱり形式的に見えるが、勝ったときの喜びの本音を語っている。あれだけの選手なのだから、親子の特別な絆に支えられたのも当然だ。
日本のプロ選手からも本当の本音の話を聞きたい。
しかし、もしかしたら日本人には本気で勝つためのホンモノのモチベーションが
ないのではないかと思うときすらある。

余談だが、テニスのアガシはブルック・シールズと結婚してトップから140位に落ちた。
離婚後、S・グラフと結婚したあと、全仏で勝った。
タイガーが美人と結婚したのでどうかと思っていたが勝ったので安心した。

 


日本代表が辛勝! [その他]

『VOICE』『正論』『諸君』などの月刊誌でおなじみ、「日本永久占領」の著者、
スタンフォード大フーバー研究所フェロー片岡鉄哉が日米関係を中心に分析した
アメリカ通信のホームページはこちら(アメリカ通信無料版のご案内もあります。)

サッカー・・・・・。オウンゴールで勝った・・・・・。
まあ、代表は内容ではない。結果だから良かった。勝つのが目的だからね。
ゴール前のプレシャーが効いてのことだし。

大黒が構想外というのはどうだろうか?高原、鈴木はさえない。
ジーコは海外組+アントラーズというのが好みだが前回の戦犯といわれた加地はそれなりに良かったのではないだろうか?FC東京から選ぶんなら石川がいるだろうけど・・。右サイドだし。

さて、北朝鮮ではイラン戦が行われたんだが、審判の判定をめぐって選手が審判に体当たり、その後も競技場でイスがなげられていたようだ。

2勝1負で折り返したが、アウェイが2つで北朝鮮とバーレーン、ホームはイラン戦という何があってもおかしくない試合が残っているだけに気は抜けない。代表が勝って行けない事には、W杯のチケットも当たらない。

 


yahootoolbar [その他]

googleのは使っていたが、yahooもtoolbarを出した。後発なだけに結構便利。

ダウンロードはここからhttp://toolbar.yahoo.co.jp/


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